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zoom RSS 烏山

<<   作成日時 : 2011/01/06 21:58   >>

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割合早い内に両親が他界していることもあって、
帰省とは無縁なので正月は気侭に過ごすことが多い。
満喫したいとかいう気持ちはあまりない。
まずまず清々した気分になり、気取らず気張らず、
背伸びもない静かな場所にこそ訪れたい、
なんて言うと失礼かもしれないが、
そんな基準で選んだのが今回の烏山だった。

一日目は外出後に小山での昼食を経て下野薬師寺廃寺跡へ。
薬師寺跡は現在八幡宮、安国寺、
そして回廊跡を復元したエリアによって構成されている。


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八幡宮


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回廊跡


下野と言えば以前訪れた国分寺跡を思い出さずにはいられない。
想像力をかき立てられるのが廃寺跡の魅力だと思う。

ここから一気に北上、さくら市へ向かうに従い陽は西に傾くばかり。

日没前のわずかな残照を頼りに勝山城を歩く。

崖端城の縄張りは鬼怒川が抉る地形を活かした作事が偲ばれる。

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鬼怒川に落ちる低地の向こうに見える山並み。

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明けていよいよ訪れた烏山、ここは山あげ会館。

町歩きを始めて間もなく烏山駅前の通りに出ると、
嫁が古びた煙草屋に見入り、
そこで売られている地誌を編纂したらしき本に刮眼。
タイトルしか見えないがどうやら烏山にはかつて、
遊郭があったが歴史の彼岸に消え失せているとの様子。

我が川越で言えば喜多院近くに遊郭が存在したことから
寺院の側だろうと想像し、丁度天性寺方面に歩いていたので
手がかりを探りつつ散策してみることにした…
が、結果として遊郭らしき跡は認められなかった。
烏山城に向かう道すがらにお寺があったがそちらの方なのか?

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天性寺参道にある、お救い小屋。
二宮尊徳が天保の大飢饉に際し避難民を救済したとされる。


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烏山城を目指して山道を歩く。


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東へ尾根歩きして烏山城。

那須氏の城ということは分かったが、
それより思わぬ山歩きを楽しめたことが何よりの収穫だった。
石垣が残る場所もあり、古城の味わいが濃い。

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島崎酒造を認めつつ街歩き、山歩きでくたびれたから公園で休む。
ずっとここにいてもいい位の気分になり、溶けそう。

溶けてもいられない、まだ名瀑がある。

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龍門の滝。
烏山は速度感が朦朧となる旅だったが、ここは少し違った。
掉尾に来てようやく観光地に来たという感覚が
いくらか間が抜けていていい。

正月早々何の縁もない場所にあてもなく出掛けるのは、
くすぐったい違和感が心地良い所為かもしれない。

特にどこかに行きたい、と思うことなんて実はないのだが、
何も期待させないような場所へ無性に訪れたい、
と発作的に思ったりする。

正月にもね。

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